2010年01月26日
故郷だより 20
前略 木の実さま
「あけましておめでとう。」

今年の正月は一日の朝から雪
でした。
白岩区民は特に変わった事も無く、平和に新年を迎えることができましたよ。
新年会には相変わらずの顔が揃い、お互いの健康や無事を確かめ合い
多いに「お神酒」をいただきました。(笑)
この「相変わらず」が非常に大切なことなんです。
現在、集まっているメンバーが一人でもかけていく事の寂しさ、刹那さ・・が募るからです。
「おとう」がここに暮らし始めて24年、ずいぶんと顔見知りの数が減ってしまいました。
ですから、地区の将来に厳しさを痛感してしまうほど、この「相変わらず」
が大切なことんなんです。
ここ白岩地区80名が今年は一人もかけていかない事を心から願うんです。
明るい話もあるんだよ。
一昨年、わが白岩地区に暮らし始めたご夫婦に待望の赤ちゃんができました。
四月には四年ぶりに白岩地区から赤ちゃんの鳴き声が聞こえるんですね。
「あかがいる部落は、にぎやかだいな」
お年寄りをはじめ、みんなが久しぶりに生まれてくる子供を待ち望んでいます。
どこかの政治家が「子供は国の宝」・・・・・なんて実感のないスピーチを聞いているよりも
地区に暮らすお年寄りのこの言葉の重さの方が現実的で美しい感性ですね。
子供は地区の宝・・・そして未来なんですから。
勿論、君が生まれた時も地区のみんなが祝ってくれました。
そして大事にもしていただきました。このことは決して忘れてはいけないよ。
それから、今年は一月十一日に「どんど焼き」をしました。

毎年この火の粉を浴びないと年が明けない気がしますね。
昔は何度もやったそうですが、現在は一年に一度になってしまいました。
だからというわけでもないけれど、「今年は手間がかかるから小さめにつくるべや」と
いいながら朝から作り始めるのですが
「向こう山にも樅の木がまだある」とか「松はあそこにまだ積んである」
しまいには「もっと竹を切ってこいや」
「どうせやるなら、威勢がいいほうがいいやい」ってことになり
結局は大掛かり物となり、昨年よりも大きい「おかがり」が出来上がってしまいます。

「お~~~!今年のはでかいや」だもの・・・・・・。
前年よりも小さめのものができるのは、いつのことやら(大笑)
いい大人が集まって「わいわい、がやがや」「あ~だの、こ~だの」
実に微笑ましい一日を小正月に味わえます。本当に幸せですね。
そして「三滝祭り」が二月二十日と二十一日に行われます。

今年はなぜ二日間かというと「本祭り」は二十一日ですけど
前日の夜に「三滝の氷柱のライトアップ」を計画しています。
参道を氷のキャンドルで導き、30mの「氷柱」にライトを照らす!!
考えただけでも感動しますぞ。
そうそう、このブログを書かせていただいている「NBSさん」も
テレビ取材でこの幽玄的なライトアップをぜひカメラに収めていただきたいですね。
お待ちしております。
木の実よ
また一人、おとうが敬愛するアーティストが亡くなってしまったよ。

「浅川マキ」さんだ。
学生運動の嵐が吹きぬけた68年~72年ごろ、機動隊や公安に
追い回せれて、おとうが逃げ込んだ新宿の歌舞伎町。
この歌舞伎町を根城に活躍していたアングラの女王「浅川マキ」。
いつも全身黒ずくめで「ブルース」を唄っていた。
当時はアンダーグラウド文化が新宿あたりから生まれてきた頃で
「かもめ」って歌が少しはヒットしたかな・・・・
こういう歌も日本人は歌ってきたんだってことを学ぶ為に聞いてごらん。
「あけましておめでとう。」

今年の正月は一日の朝から雪

白岩区民は特に変わった事も無く、平和に新年を迎えることができましたよ。
新年会には相変わらずの顔が揃い、お互いの健康や無事を確かめ合い
多いに「お神酒」をいただきました。(笑)
この「相変わらず」が非常に大切なことなんです。
現在、集まっているメンバーが一人でもかけていく事の寂しさ、刹那さ・・が募るからです。
「おとう」がここに暮らし始めて24年、ずいぶんと顔見知りの数が減ってしまいました。
ですから、地区の将来に厳しさを痛感してしまうほど、この「相変わらず」
が大切なことんなんです。
ここ白岩地区80名が今年は一人もかけていかない事を心から願うんです。

一昨年、わが白岩地区に暮らし始めたご夫婦に待望の赤ちゃんができました。
四月には四年ぶりに白岩地区から赤ちゃんの鳴き声が聞こえるんですね。
「あかがいる部落は、にぎやかだいな」
お年寄りをはじめ、みんなが久しぶりに生まれてくる子供を待ち望んでいます。
どこかの政治家が「子供は国の宝」・・・・・なんて実感のないスピーチを聞いているよりも
地区に暮らすお年寄りのこの言葉の重さの方が現実的で美しい感性ですね。
子供は地区の宝・・・そして未来なんですから。
勿論、君が生まれた時も地区のみんなが祝ってくれました。
そして大事にもしていただきました。このことは決して忘れてはいけないよ。
それから、今年は一月十一日に「どんど焼き」をしました。

毎年この火の粉を浴びないと年が明けない気がしますね。
昔は何度もやったそうですが、現在は一年に一度になってしまいました。
だからというわけでもないけれど、「今年は手間がかかるから小さめにつくるべや」と
いいながら朝から作り始めるのですが
「向こう山にも樅の木がまだある」とか「松はあそこにまだ積んである」
しまいには「もっと竹を切ってこいや」
「どうせやるなら、威勢がいいほうがいいやい」ってことになり
結局は大掛かり物となり、昨年よりも大きい「おかがり」が出来上がってしまいます。

「お~~~!今年のはでかいや」だもの・・・・・・。
前年よりも小さめのものができるのは、いつのことやら(大笑)
いい大人が集まって「わいわい、がやがや」「あ~だの、こ~だの」
実に微笑ましい一日を小正月に味わえます。本当に幸せですね。
そして「三滝祭り」が二月二十日と二十一日に行われます。

今年はなぜ二日間かというと「本祭り」は二十一日ですけど
前日の夜に「三滝の氷柱のライトアップ」を計画しています。
参道を氷のキャンドルで導き、30mの「氷柱」にライトを照らす!!
考えただけでも感動しますぞ。
そうそう、このブログを書かせていただいている「NBSさん」も
テレビ取材でこの幽玄的なライトアップをぜひカメラに収めていただきたいですね。
お待ちしております。
木の実よ
また一人、おとうが敬愛するアーティストが亡くなってしまったよ。


「浅川マキ」さんだ。
学生運動の嵐が吹きぬけた68年~72年ごろ、機動隊や公安に
追い回せれて、おとうが逃げ込んだ新宿の歌舞伎町。
この歌舞伎町を根城に活躍していたアングラの女王「浅川マキ」。
いつも全身黒ずくめで「ブルース」を唄っていた。
当時はアンダーグラウド文化が新宿あたりから生まれてきた頃で
「かもめ」って歌が少しはヒットしたかな・・・・
こういう歌も日本人は歌ってきたんだってことを学ぶ為に聞いてごらん。
2010年01月19日
雪で活気づく白馬村

「1月」は「行く月」ともいいます。ついこの間お正月を迎えたのに、月日はどんどん流れていきます。
あっという間に「行ってしまう」のは、年始のせわしなさがあるからでしょうね。
白馬のゲレンデにも次々とシュプールが描かれています。
今年は雪の量も雪質も最高の状態。
新雪のパウダースノーを滑走する姿には満足感と達成感があふれています。
昨年の1月には、スキー場によって、ゲレンデ下部に土が見えるところもありました。
雨も降り、カチカチに固まっている最悪のコンディションの時もありました。

そんな心配が全くない今シーズン。
外国から来たお客様も存分にスキーや観光を堪能し、短い休日を楽しむ都会のスキーヤーも笑顔いっぱいです。
今季は白馬ハイランドが休業中のため、
白馬村内には「さのさか」「五竜」「47」「八方尾根」「岩岳」「みねかた」の6スキー場になります。
各スキー場とも、それぞれのサービスをしており、お客様へのもてなしも万全。
ぜひ、最高の冬を満喫し、たくさんの思い出を作ってほしいと思っています。
2月6日には、伊勢正三のコンサート

1970年代のフォークソング時代に人気のあったシンガーで、「なごり雪」や「22歳の別れ」の作曲者でもあります。
まだチケットは若干あります。
詳しくは白馬村観光局のHPをご覧ください。

江成 康明
白馬村観光局アドバイザー