2010年05月28日
「凍み」を利用した食文化」
私の住む諏訪地方では、寒いという表現を凍(し)みると言っております。
(最近あまり聞かれなくなりましたが)
例えば非常に寒い朝の挨拶は「今朝は凍(し)みたねえ」「まーず 凍(し)みたなえ」となります。
先人達は古くから冬の厳寒の環境を生かした食材の数々を作り出しました。
具体的には寒天、氷豆腐、氷餅等々が挙げられ現代に伝わっております。
この凍みを活用した食材を開発し、観光誘客に、又、新たな茅野の名物にしたいと考え、
古文書の調査、古老のお話を聞くべく、市内を歩き回りました。
その結果、古い文献に、
江戸時代「暑中寒晒蕎麦」を信濃国諏訪郡高島藩が
将軍家へ献上した記録があることがわかりました。
夏の土用に食べられた特別な蕎麦です。
当地の村では、寛政元年(1789年)から寒晒蕎麦を高島藩へ上納しました。
当時の将軍は十一代徳川家斉。寛政の改革を進めた将軍でした。
この頃、化政文化(町人文化)が栄え、蕎麦つゆが完成したようです。
この将軍様も寒晒蕎麦を「現在とほぼ同じ味のつゆで口にされたものと想われる」と、
江戸ソバリエ認定委員会のほしひかる氏は考察されています。
寒晒しそばは、秋に採れたソバの実を冬の大寒の頃、冷えた清流に暫くの間浸し、
引き上げ、天日と寒風に晒しながら約1ヶ月かけて水分を抜きます。

それを土蔵で夏まで寝かせます。
これが寒晒しそばの誕生となり、
今では、お酒を飲んだ後に食べるそばとして、夏の楽しみの一つとなっています。

皆様も是非ご賞味下さい。

第4回信州・蓼科高原 献上寒晒しそば祭り
期間限定 平成22年7月10日(土)~8月1日(日)
寒晒しそばが食べられる限定12店(
TEL 市外局番0266は共通)
民宿朝日ヶ丘(68-2108) そば庄蓼科高原店(67-3750)
そば処やまなみ(67-2164) 横谷温泉旅館遊楽庵(67-6948)
味処長寿更科(73-6606) 呉竹房(72-6701)
そばのさと(73-0209) よもぎ庵白鳥(72-0753)
更科そば(72-2655) 味彩房かなめ(82-5777)
食事処みどり(82-3556) 峠の茶屋(73-8484)

茅野市の作者
茅野商工会議所専務理事 白川 元
(最近あまり聞かれなくなりましたが)
例えば非常に寒い朝の挨拶は「今朝は凍(し)みたねえ」「まーず 凍(し)みたなえ」となります。
先人達は古くから冬の厳寒の環境を生かした食材の数々を作り出しました。
具体的には寒天、氷豆腐、氷餅等々が挙げられ現代に伝わっております。
この凍みを活用した食材を開発し、観光誘客に、又、新たな茅野の名物にしたいと考え、
古文書の調査、古老のお話を聞くべく、市内を歩き回りました。
その結果、古い文献に、
江戸時代「暑中寒晒蕎麦」を信濃国諏訪郡高島藩が
将軍家へ献上した記録があることがわかりました。
夏の土用に食べられた特別な蕎麦です。
当地の村では、寛政元年(1789年)から寒晒蕎麦を高島藩へ上納しました。
当時の将軍は十一代徳川家斉。寛政の改革を進めた将軍でした。
この頃、化政文化(町人文化)が栄え、蕎麦つゆが完成したようです。
この将軍様も寒晒蕎麦を「現在とほぼ同じ味のつゆで口にされたものと想われる」と、
江戸ソバリエ認定委員会のほしひかる氏は考察されています。
寒晒しそばは、秋に採れたソバの実を冬の大寒の頃、冷えた清流に暫くの間浸し、
引き上げ、天日と寒風に晒しながら約1ヶ月かけて水分を抜きます。

それを土蔵で夏まで寝かせます。
これが寒晒しそばの誕生となり、
今では、お酒を飲んだ後に食べるそばとして、夏の楽しみの一つとなっています。

皆様も是非ご賞味下さい。

第4回信州・蓼科高原 献上寒晒しそば祭り
期間限定 平成22年7月10日(土)~8月1日(日)
寒晒しそばが食べられる限定12店(

民宿朝日ヶ丘(68-2108) そば庄蓼科高原店(67-3750)
そば処やまなみ(67-2164) 横谷温泉旅館遊楽庵(67-6948)
味処長寿更科(73-6606) 呉竹房(72-6701)
そばのさと(73-0209) よもぎ庵白鳥(72-0753)
更科そば(72-2655) 味彩房かなめ(82-5777)
食事処みどり(82-3556) 峠の茶屋(73-8484)

茅野市の作者
茅野商工会議所専務理事 白川 元